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坂の中の離れ

愛知県知多郡阿久比町

名鉄河和線は知多半島の東側を縦断する、JR東海武豊線に並ぶ名古屋への主要な路線である。また、終点の河和からは三河湾に浮かぶ日間賀島や篠島、伊良湖岬への観光船がでており、観光・行楽路線としても賑わいをみせている。  敷地は、この路線から50M程度の距離に並行してあるのだが、初めて敷地に立ったその時から完成を迎えるその日まで、本プロジェクトに関わる者は名鉄スカーレットと称されるポップでキュートな赤色の車両を文字通り『常に』望む事となった。  実に、日に200本を超え るポップでキュートな赤色の車両が、目の前を数分おきに往来しまくるのである 。  さて、計画地は坂の中腹に位置しており、主要な通りからは建物一層分ほど高く視線を遮るものも殆どないため、線路を走る赤い車両の向こうに広がる田園を望むという、鉄道ファンにとってそれはきっとたまらないロケーションである 。  この風景は特徴的で、さも美しくあるのだが、これを直接的に取り込むことは耐え難い騒音を取り込むことに同義であり、住環境の悪化は免れない 。また、本計画は元あった施主の祖父母家の建替えであり、裏にはご両親が住まう家(施主にとっての生家がある。無粋ではあるが、今回建替えることで少しでも周囲の住環境向上が期待でき、かつ、その場所に住まうご家族同士の関係性、地域との関係性を、人生という長い時間軸を意識してリ・デザインすることを大きな課題と考えた。具体的には下記項目に配慮した。 ① 閉じながら開放し、開放しながら閉じること。 ② 近くて遠く、遠くて近い関係性を再構築すること。 ③ 一体的かつ個別的かつ一体的であること。 ④ 物理的で精神的な時間を受容する柔らかな器。  これらを具現化するに工夫した点を個々に記し説明するには文面が非常に退屈な項目の羅列となること、かつ説得力も伴わないため割愛するが、それではあまりにも怠慢であるから、設計的立場からみて特に特徴的と考える2階食堂 とベンチ付きの窓辺について書こうと思う。  食べることは生きることであり、生きることは食べることである。ただ機械的に生きていくだけであるならそれで事足りるわけだが、人が人として文化的に生きていくために『いつ、誰と、何を、どう食すか』そこで共有する感情と感覚、時間の質こそが重要であると常々考えている。  この2階にある小さな食堂での食事のシーンを想像いただきたい。今はまだ小さな子供達と食卓を囲み今日あった出来事の報告に耳を傾ける。一人静かに茶を楽しみ物思いにふける。子供たちが寝静まってから夫婦で酌をかわす。親や友人と 食事を共に他愛もなく語る 。時が経ち、成長した子供 達と対話する。喧嘩した後の気の重い食事もあるだろう。  その時、背の窓越しには一つとして同じもののない明かりが遠く広がり、その中には個々の営みがあり、きっとそれはまさに絶え間なくうつろう日々そのものであり、それらは窓枠によって縁どられ、切り取られ、目の前の食事と共に記憶の背景として、かの時間に彩を添えるのである。なんだか素敵に思えませんか?  建築中、作りかけのベンチに施主夫婦が仲睦まじく座 り外を眺めている姿を見た。それはこの建築が単なる箱ではなく、人生という時間を受容できる器として機能を始めた瞬間でもあった。 なんてことをさもありなんと書いてはみたが、兎にも角にも皆が仲良くあれば、ただただきっとそれで良いのだ~と思ったのでした。

主要用途  専用住宅

敷地面積  147.74 ㎡

延床面積  112.84 ㎡

構造規模  木造/地上2階

​施工    岩橋建築

​大工    森一平

​竣工    2022年6月

photo:uemura takashi

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